昭和のくらしに見る懐かしさ、新しさ~昭和のくらし博物館

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心の豊かさ

昭和が終わって30年近くが経ち、いよいよ平成もあとわずか。いまの20代から下の世代は昭和を実感としては知りません。日々便利な新製品が生み出される現代から見ると、不便で古い時代に感じられるのかもしれませんが、人々のくらしをよく見てみると、今では失われてしまった豊かさもあることに気づかされます。「昭和のくらし博物館」で、一家庭の視点から、昭和を見てきました。

懐かしい昭和の風景 記憶の中のくらしの形

 

東京は五反田駅始発の東急池上線は、戸越銀座をはじめ古くからの商店街が残る駅が多く、沿線全体にのどかな空気が流れています。久が原駅から徒歩8分の住宅地にある「昭和のくらし博物館」は、小泉家の住居と家財道具をそのまま公開するという形で平成11年に開館されました。戦後の住宅不足を解消するための住宅金融公庫からの融資を受け、昭和26年に建築士である小泉家のお父さまによる設計で建てられたこの家。18坪までという建築条件の下、戦後の新しい生活を営む場所として隅々まで工夫が凝らされており、当時一斉に建った中で今も残る数少ない住宅建築として国の登録文化財にも指定されています。

門をくぐり中庭に入ると、柿がたわわに実り、家の軒下には唐辛子と干飯が吊るされているのが見えます。壁に立てかけられた長い板は、「張り板」。着物を洗うには、着物をほどき、反物に戻して洗って糊をつけてこの板で干し、また着物の形に縫うという作業があったこと、私は知りませんでした。その横には、大きなたらいと洗濯板が。昔の家事の中でも、特に大変だったのが洗濯です。当時は紙おむつもなかったので、小さい子どもがいる家庭では何度も洗濯しなければなりませんでした。

案内をしてくださった、“小泉家の三女”であり副館長の小倉紀子さんは、当時の様子を活き活きと教えてくださいました。

「シーツのような大きなものを洗ったときには柱に布をからませて絞ったんですよ。なかなか乾かないから、お日様の向きを見ながら何度も干す位置を変えて。母があっちだ、こっちだ、と動かしていたのを覚えています。とにかく一日中動いていましたね。何でも自分で作って」

こうしたかつての「重労働」も、昭和30年代後半の高度成長期を境に家電製品の登場でかなり軽減され、生活のかたちもみるみる変わっていったのだといいます。現代の子どもたちは、家電製品があるのがあたりまえという環境で育っています。「昭和のくらし博物館」では、そんな彼らたちが、かつての家事を体験できるプログラムも用意されています。洗濯板を使った洗濯や、すり鉢でピーナツバターを作るなどのプログラムでは、大いに盛り上がるのだとか。課外授業や夏休みの自由研究で訪れる小学生も多いのだそうです。家電製品がない時代はどれだけ大変だったかがわかると同時に、自分の手を使って生活が作られていくという楽しさも味わえるに違いありません。

写真左:張り板                   写真右:ポンプ式の井戸

いま新しく見える 究極のエコ社会 

建物の中に入ってみると、無駄のない家具調度が美しく、温かく収まっています。これらの多くも、お父様の設計によるものだといいます。部屋の中は、少しでも広く快適に過ごせるような工夫が凝らされていることが見て取れます。当時は珍しかったというクローゼット型の衣服掛けが作りつけられ、その出っ張りを利用して食器棚がはめ込まれるなど、空間に無駄な凹凸はありません。

台所の床下には大きな貯蔵庫があり、炭団(たどん)、豆炭、木炭といった各種の燃料や漬物壺などが保存されています。小倉さんが見せてくださった鍋の底には、穴を埋めた補修の跡が。

写真左:修理が施された鍋      写真右:かつお節削り器

「鍋が壊れたら、鋳掛屋(いかけや)さんに直してもらう。それでも使えなくなったら、屑屋さんに買い取ってもらう。そういう、リユース・リサイクルの仕組みが普通にありました。ご飯は朝にまとめて炊いて、あとはお櫃に入れておく。夜は冷めてしまうので、蒸し器で蒸して食べていました。炭も、炭団は火力は弱くても火保ちがよいのでこたつや火鉢に使い、煮炊きには火力の強い木炭、と使い分けて。だから、電気は照明とラジオくらいしか使わなかったのよね」

台所の片隅には、大きな氷を入れて中のものを冷やす氷冷蔵庫もありました。氷を売る氷屋は、冬には炭屋になったのだそう。なんとも合理的な暮らしぶりです。ちゃぶ台に展示された朝昼晩の食事のサンプルを見ていたら、質素ながらとても美味しそうで、お腹が反応してしまいました。

写真左:床下に収納された、炭団などの燃料 写真右:当時の朝・昼・晩の食事のサンプル

「大変な時代」を伝える難しさ

もちろん、昭和は幸せな時間だけではありませんでした。景気がよく、賑やかだった戦前のくらしから一転して、戦中・戦後は現代に生きる私たちには想像できないほどの苦しい生活があったといいます。特にその辛さを無条件に味わわされたのが、子どもたちでした。

当時幼かった小泉家の3姉妹(4番目の妹さんは、戦後生まれ)も、疎開や戦後の食事のひどさを体験したのだといいます。今でも毎夏、その当時の話をするという企画を催しているそうですが、伝えることの難しさを感じている、とも。

「小麦粉も醤油も昔と違うから、すいとんもおいしく出来ちゃうの。芋ばかり食べていたと言っても、子どもたちは今の芋を想像するから『おいしくて、いいじゃん』となってしまうでしょう。どれだけひどかったのか、想像するのは難しい。それを何とか伝えたいと思っているのですが」

今を基準に想像しても、当時の様子を実感として掴むのは簡単ではありません。伝えたいという気持ちに対して、たくさんの材料を集めて想像しようとする絶え間ない努力も必要なのかもしれない、とお話しを聞きながら感じました。

写真左:取材時展示されていた、館長のお知り合いの山口家のお子さんが遊んでいたお人形と着せ替え。手作りならではの細やかさが見て取れます 写真右:たくさんの衣類、布製品を作った小泉家のミシン

過剰な便利さから離れてみる

一軒の家の中を見ることで、70年ほど前の生活の様子をリアルに思い巡らすことができました。今と違うこと、変わらないこと。知らないもの、懐かしいもの、消えてしまったもの。かつてのくらしの中から、改めて今、真似てみたいなと思うヒントがたくさんあるのではないでしょうか。

昭和のくらし博物館が掲げることばが、談話室の色紙にありました。

「家をのこし くらしを伝え 思想をそだてる」

くらしというのは、あたりまえのこと。そのあたりまえの中に、私たちを健やかに賢くつないでいく知恵があるのかもしれません。実際にやってみれば大変なのは承知ですが、電気無しでは暮らしていけないという強迫観念、何かを買うたびに大量の包装を捨てるという罪悪感、修理ができないから少しの壊れで手放す悔しさ……。そうしたものから自由になれるというのは、とても清々しいものに思えます。実際、東日本大震災で「電気が使えなくなったら」という切迫したイメージを持ち、「昔のくらし」の良さを再発見してここに訪れたという人も少なくないといいます。

写真左:子ども部屋に展示されていた、着せ替え遊び。前掲の山口家のお嬢さんが手書きしたものも 写真右:小泉家のラジオと電話。今の子どもたちは、ダイヤルに指を入れたまま、回すということを知らないのだとか

展示を見て、「便利ではなくても、充実した暮らしをしたい」と言う来館者には、「全部やるのは大変。まずは一つだけにこだわって、ちゃんとやってみる、ということをしてみたら? そこから、いろいろなことが見えてくると思いますよ」と、小倉さんは話すのだとか。

例えば、料理にかつお節を削って使い、カスはふりかけにする。お茶を飲んだらお茶殻を乾かして掃除や消臭に使ってみる。最後まで使い切ることは、得した気もするし、気持ちがよいものですよね。こんな小さな一歩からなら、楽しんで挑戦できそうです。

「現代は、過剰な便利さに行き詰っているのではないか」という、小倉さん。最近ではドラマの時代考証などで助言を求められることも多いそうですが、「便利」以前のくらしを知る人が少なくなっていることに、危惧感も持たれているようです。「何でも自分でやった」という小泉家のお母さまが、自宅であるこの家で家事を行う様子を撮影した記録映画『昭和の家事』も、「残す」ための貴重な資料の一つ。洗濯や洗い張りの作業をはじめ、お手玉やおはぎを作る様子、お正月のしたくなどを見ることができます(DVDも販売されています。詳細は、昭和のくらし博物館ホームページをご覧ください)。

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昔はどこにでもあった、懐かしい「くらし」の空気を吸いに訪れるもよし。未来のヒントを探りに来るのもよし。一度、“昭和の家”を訪れてみてはいかがでしょうか。

(撮影は全て筆者)

昭和のくらし博物館

開館日 金・土・日・祝日

開館時間 10時~17時

東京都大田区南久が原2-26-19

TEL・FAX 03-3750-1808

HP: http://www.showanokurashi.com

この記事を書いた人

青葉まどか

仙台市出身。趣味は本、音楽、映画、という典型的インドア(元)少女。ライター。腰痛持ちだが、時々喫茶店で手伝いもする。「やるなら楽しく、真剣に」がモットー。

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